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第10話 毒蛇パパは激おこぷんぷん(後半)

last update publish date: 2025-10-03 06:07:56

「で、だ。……イヅル」

 父の鋭い視線が、わたくしの後ろに控える影へと移る。

 イヅルは、今まで気配すら消していたのが嘘のように、するりと一歩前に進み出て、片膝をついて跪く。

「は、ここに」

「この、常軌を逸した場当たり的な奇策は、どう考えてもお前の入れ知恵だろう。違うか?」

 え。うーん、作戦自体は、わたくしの独断だってば。

 『麗しの白百合に、消えぬ染みを』作戦。特に名前が、すごく気に入ってるの。

「いいえ。すべては、ベアトリーチェお嬢様の類稀なるご慧眼と、千変万化のアドリブ力によるものでございます。わたくしめはただ、お嬢様がお怪我をなさらぬよう、影として付き従っていたに過ぎません」

「ほほう?」

「お嬢様は、我らキクチに伝わる謀略論の基礎を、すでにご自身のものとされ。あの場で瞬時に応用されたのです。このイヅル、感服の念に堪えません。まさに『翼ある蛇』の血統、末恐ろしい御方にございます」

 なんですって!?

 事実と、嘘と、お世辞をミルフィーユみたいに重ねて、最終的にとんでもないものをお出ししてませんこと、この執事っ!?

「ちょっ、待ちなさい。イヅル、明らかに致命的な脚色が――」

 わたくしが口を挟むより早く、おもむろに眼鏡を外し、目頭を押さえるフリまでした。なんて白々しい!

「何たるご成長の早さかっ! この私めを、赤子の如く手玉に取り、駒として自在にお使いになられる器量! ああ、生涯をかけてお仕えする主君を得た喜びで、胸がいっぱいでございます!」

 あまりに大仰な賛辞が、厳粛な書斎に響き渡った。

 絶対、涙なんか一滴も出てないでしょうがっ!

 しかし、パパは娘に甘い。そして、思い込みも激しい。

 イヅルの大仰な賛辞を聞いて驚き。やがて、瞳の色がじわじわと感動へ変わっていく。

「な、なんと!? そうか、我がビーチェは、すでにそこまでの高みに。くっ! 何も見えていなかったのは、父親である私だったというのかっ!」

 パパの目に、うっすらと光るものが。大きな手が、わたくしの両肩をがっしりと掴む。

「よくやった、ビーチェ! よくぞ、我が娘として、シャーデフロイ家の誇りを天下に示してくれた! さすがは私の子だ! 嬉しいぞ!」

「えっ、あ、は、はい!?」

 この流れで「違います、ただポンコツにコケただけです」なんて、言えないじゃない! すごく良心がキリキリ痛むのよー!!

 パパったらどうして、こういうところはすごく純真なの!?

「あの、わたくしはまだ未熟者ですので。あまり重い期待を寄せられるのは、その……」

「うむ。確かに、イヅルの補助あってこそだったやも知れぬ。だが、忘れるな。こやつが動いたのは、お前が自ら“行動した”からだ」

「行動、したから?」

「そうだぞ、ビーチェよ。覚えておきなさい。檻で待つだけの子羊は、ただ食われるだけの定めだ。たとえ、不格好に転んだとしても、牙を剥こうともがいた者だけが、盤上を動かす資格を得るのだ」

 いいこと言われているのはわかるのだけど、「不格好に転んだ」という部分だけ、比喩じゃなくて事実だから、心がチクリとするわー。

 パパはごつごつした指で、わたくしの頭を不器用に撫でた。昔と変わらず、やっぱり温かい。

「よくやった、我が娘よ。だが次は、もう少し。その、なんだ? 心臓に優しいやり方を頼むぞ。……パパ、困っちゃうから」

「……はい、パパ」

 本当にしんどそうな顔をされてしまったので、こくこくと頷くことしか出来なかった。ごめんなさいね、パパ。

 こうして、史上最大の失態は、何故か父と娘の感動の和解(という名の、壮大な勘違い劇場)で幕を閉じた。

 わたくし一人、納得がいかないまま……。

 書斎から解放され、自室に戻る夕暮れの廊下。

 窓の外が茜色に染まるのを横目に見ながら、わたくしは隣を歩く元凶を、ジト目で睨む。

「あなたって、本当に、口から出まかせばかりですのね。イヅル」

「おや? 一点の曇りもない真実を、申し上げたまでですが」

「どこがですの! 謀略論!? 応用!? 初耳も初耳ですわ! わたくし、そんな難しいこと、教わっておりません!」

「おお、左様でしたか。教えていないことまで出来てしまうのですから、お嬢様はやはり、まごうことなき天才なのですよ」

「……もう、いいですわ」

 この男に、何を言っても無駄ね。わたくしは、また一つ虚しい学習した。

 ああ、本当に。わたくしの周りには、食えない大人ばかりだわ!

「ただ。お嬢様が、誰よりも努力家の才女であること自体は、疑いようのない事実かと存じます」

 そっと足すように掛けられた言葉。それだけは、いつものからかう響きがなくて。なんだか、不意を突かれて何も言い返せなくなってしまった

 認めてくれていない訳じゃないのよね。

 ただ、面白い玩具として遊ばれている気がしてならないのだけど。

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